東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7665号 判決 1976年5月13日
原告 南濃鋳工株式会社
右代表者代表取締役 日比三郎
右訴訟代理人弁護士 阿久津英三
被告 飯田幹雄
被告 飯田銀次郎
右被告両名訴訟代理人弁護士 千葉憲雄
同 向武男
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告飯田幹雄は、原告に対し、別紙目録(二)記載の建物を収去して同(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和四八年九月一二日から明渡しに至るまで一ヶ月金四二、九四〇円の割合による金員を支払え。
2 被告飯田銀次郎は、原告に対し、別紙目録(三)記載の建物を収去して同(一)記載の土地を明渡せ。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言
二 被告
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 別紙目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有者であった太田楳子は昭和二一年九月一五日飯田称に建物所有の目的で期間を二〇年とする約で右土地を賃貸した。飯田称は昭和四〇年一二月二〇日、本件土地賃借権を被告飯田幹雄(以下「被告幹雄」という。)に譲渡し、太田はこれを承諾した。そして同日太田と同被告との間で、本件土地の賃貸借契約が締結され(以下「本件賃貸借契約」という。)、その際、賃借人たる被告幹雄が本件土地上に建物を新築する時は予め賃貸人の書面による承諾を要すること、賃借人に契約違背の行為のある時は、賃貸人は催告を要せず本契約を解除しうることとの特約が結ばれた。
2 被告幹雄の父被告飯田銀次郎(以下「被告銀次郎」という。)はこれよりさき飯田称から本件土地を転借し、同地上に別紙目録(三)記載の建物(以下「本件建物(二)」という。)を所有していた。
3 本件賃貸借契約締結により、右転貸借関係は被告幹雄により承継されたが、太田は本件賃貸借契約締結にあたり右転貸借を承諾すると共に転借人である被告銀次郎との間において「本件土地賃貸借契約が解除された時は、被告銀次郎は太田に対し本件建物(二)を収去し本件土地を明渡す。」旨の合意をした。
4 その後太田楳子は死亡し、北沢暢子、太田寛子が同人を相続したが、原告は昭和四八年二月二〇日右相続人らから本件土地を買い受け所有権を取得し、本件土地の賃貸人たる地位を承継した。
5 ところが、被告幹雄は、本件賃貸借契約締結以後原告の本件土地取得までの間に、太田楳子、太田寛子、北沢暢子のいずれにも無断で本件土地上に別紙目録(二)記載の建物(以下「本件建物(一)」という)を新築していた。
6 前項記載の事実を知った原告は、第一項記載の特約に基づき用法違反を理由として、被告幹雄に対し、昭和四八年九月一一日到達の内容証明郵便をもって本件賃貸借契約解除の意思を表示した。これにより本件賃貸借契約は終了した。
7 原告は解除の効果が生じた昭和四八年九月一二日以降本件土地の引渡を受けていないため一ヶ月金四二、九四〇円の割合による賃料相当額の損害を被っている。
8 よって、原告は、被告幹雄に対し、本件賃貸借契約解除に基づく原状回復請求として本件建物(一)を収去して本件土地の明渡しを求めると共に、解除の効果が生じた後である昭和四八年九月一二日以降本件土地明渡しに至るまで一ヶ月金四二、九四〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求め、被告銀次郎に対し、所有権ならびに第三項記載の特約に基づき本件建物(二)を収去して本件土地を明渡すことを求める。
二 請求の原因に対する認否
請求原因1及び2の事実は認める。同3の事実のうち太田と被告銀次郎が原告主張のような合意をしたことは否認しその余の事実は認める。同4の事実は認める。同5の事実のうち本件建物(一)が無断新築であることは否認し、その余の事実は認める。
右新築については太田楳子の黙示の承諾があった。同6の事実は認める。同7の事実は否認する。
三 抗弁
1 かりに本件建物(一)が無断新築のものであるとしても、本件建物(一)は、被告ら家族七人が手狭まな本件建物(二)に同居しているため被告幹雄の妹である飯田いね子の勉強部屋として必要上やむなく設けられたものであり、設置も取毀しも容易な小規模なプレハブ建物であるから、右新築は賃貸借関係の継続を破壊するような背信的行為とはいえない。従って、原告による本件賃貸借契約解除は無効であり、また、被告銀次郎は本件土地転借による占有を原告に対抗し得る関係にある。
2 原告は多額の利益のみを得る目的で、本件土地及びその周辺の土地を、いずれも地上に建物が現存し、かつ人が現住することを熟知しながら売買により取得し、つぎつぎに口実をかまえて明渡訴訟を提起し、有利な条件で和解したり、訴訟の進行が不利になると他へ転売して訴を取下げるなどしている。このように利益を目的として借地を買取り明渡しを求めることは、権利の濫用である。
四 抗弁に対する認否
抗弁1の事実は認める。同2の事実のうち、原告による本件土地及び周辺土地の取得、明渡訴訟の提起、転売及び訴の取下の各事実は認めるが、他は否認する。
第三証拠≪省略≫
理由
第一被告飯田幹雄に対する請求について
一 請求原因1、4、6の事実及び同5の事実のうち本件建物(一)が無断新築であるとの点を除くその余の事実については、当事者間に争いが無い。
二 本件建物(一)の新築についての太田楳子の黙示の承諾についてはこれを認むるに足る証拠はなく、かえって≪証拠省略≫を総合すれば、本件建物(一)の新築につき太田楳子は承諾をしなかったものと認められる。被告飯田幹雄は、本件建物(一)新築後、太田、同人の差配人向井清明及び代理人土屋公献のいずれからも右新築につき異議を述べられたことはなかった旨供述するが、別紙図面により明らかなように、本件建物(一)の位置は本件土地中公道より最も離れた場所にあり、公道から同建物の存在を認識するのは著しく困難であると認められこの事実と前示各証拠を総合すると、本件においては単に賃貸人らが異議を述べないという消極的態度だけから直ちに黙示の承諾を推認することはできないものというべきである。
三 次に解除の効力について判断する。
一般に、建物所有を目的とする土地賃貸借関係において、無断新築を禁止する特約そのものは有効と解せられるが、賃借人が建物を新築したとしても、それによって、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認められない特段の事情のある時は、右特約に基づき解除権を行使することは許されないというべきである。そして右にいう特段の事情は、新築建物の規模、構造、用途、新築に至る経緯等を総合的に判断して決しなければならない。これを本件についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると、前記のように本件土地賃貸借契約の終期は昭和六〇年一二月一九日であるところ、本件建物(一)は、昭和四六年七月頃建築された組立て取毀しともに約一日で可能な床面積約一〇平方メートルのいわゆるプレハブ造り平家建ての建物で代金二一七、〇〇〇円相当のものに過ぎないこと、当時被告幹雄の家族七名(被告銀次郎夫婦、被告幹雄夫婦とその子二人、被告銀次郎の子((被告幹雄の妹))いね子)は居住部分として六畳、八畳、四畳半の三間しかない本件建物(二)において起居しており、その家族構成からみて本件建物(二)はきわめて手狭まな状態にあったこと、そこで、被告幹雄は飯田いね子(当時二一才)の勉強部屋として必要上やむなく本件建物(一)を建築したことが認められ、右認定に反する証拠は無い。
前示認定の事実関係のもとでは、被告飯田幹雄のなした本件建物(一)の新築には、被告幹雄及びその家族にとって首肯すべき必要性が認められ、またその建物の規模構造等からみて土地の利用方法としても相当であって賃貸人たる原告の地位に著しい影響を及ぼすとは到底いえないから、右新築につき賃貸借契約における信頼関係を破壊するおそれがあると認められない特段の事情が存するものというべきである。
従って、前記無断新築禁止の特約違反を理由とする原告の解除権の行使はその効力がないものといわねばならない。
第二被告飯田銀次郎に対する請求について
請求原因2の事実及び同3の事実のうち太田と被告銀次郎間の合意の点を除いたその余の事実については、当事者間に争いが無い。そして前記第一に認定したとおり原告の解除が無効である以上、原告主張の特約の有無にかかわらず、被告銀次郎は、賃貸人たる地位を承継した原告に対し、適法なる転借人として依然本件土地を占有する権限があるものといわねばならない。
第三結論
以上述べたところによれば、原告の請求はいずれも理由が無いに帰するから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 松野嘉貞)
<以下省略>